予防接種の効果によって、インフルエンザの症状が軽く抑えられた場合、それは個人にとっては非常に喜ばしいことですが、一方で、社会全体にとっては一つの問題が生じます。それは、「普通の風邪」との見分けが非常に難しくなり、本人がインフルエンザに感染していることに気づかないまま、無意識のうちに感染を広げてしまうリスクが高まることです。典型的なインフルエンザと風邪には、いくつかの明確な違いがあります。インフルエンザは、38度以上の高熱、強い悪寒、全身の倦怠感、筋肉痛・関節痛といった「全身症状」が、突然、そして強く現れるのが特徴です。一方、普通の風邪は、喉の痛み、鼻水、くしゃみ、咳といった、喉や鼻の「局所症状」が主体で、発熱も比較的緩やかで、高熱になることは少ないです。しかし、ワクチン接種者が軽症のインフルエンザにかかった場合、この境界線は極めて曖昧になります。高熱ではなく37度台の微熱にとどまり、関節痛もほとんど感じず、ただの倦怠感と軽い咳だけ、といった症状になることが少なくないからです。これは、まさに普通の風邪の症状とそっくりです。この状態で、「ただの風邪だから大丈夫」と自己判断し、マスクもせずに満員電車で通勤したり、職場で仕事を続けたりすると、どうなるでしょうか。本人の症状は軽くても、その人の体の中ではインフルエンザウイルスが増殖し、咳やくしゃみを通じて、周囲にウイルスをまき散らしているのです。そのウイルスが、予防接種を受けていない人や、高齢者、乳幼児、あるいは持病があって重症化リスクの高い人の体内に入ってしまった場合、深刻な事態を引き起こしかねません。つまり、症状が軽いインフルエンザ患者は、「歩く感染源」となってしまう危険性をはらんでいるのです。では、どうすればよいのでしょうか。最も重要なのは、たとえ症状が軽くても、「周囲でインフルエンザが流行している時期に、急な発熱や体調不良を感じた場合」は、安易に自己判断せず、速やかに医療機関を受診し、検査を受けることです。特に、家族や職場の同僚など、身近な人にインフルエンザ患者がいる場合は、なおさらです。医療機関でインフルエンザの確定診断を受けることは、適切な治療に繋がるだけでなく、周囲の人々を感染から守るための、社会的な責任を果たす上でも非常に重要な行動と言えます。