ワクチンを接種したにもかかわらず感染してしまう、いわゆる「ブレークスルー感染」を経験すると、ワクチンの効果に疑問を感じてしまうのも無理はありません。しかし、これはワクチンが無意味であるということでは決してなく、その背景にはいくつかの明確な理由が存在します。その理由を理解することが、予防接種の役割を正しく評価するために不可欠です。まず、最も大きな理由として、ワクチンに含まれるウイルスの「型」と、実際にそのシーズンに流行するウイルスの「型」が、完全に一致しない場合がある、という点が挙げられます。インフルエンザウイルスは、常に少しずつその姿を変える(変異する)という厄介な性質を持っています。世界保健機関(WHO)は、世界中の流行状況から、その冬に流行するであろうウイルス型を予測し、それに基づいてワクチンが製造されますが、予測がわずかに外れること(ミスマッチ)があります。そうなると、ワクチンによって作られた抗体が、実際のウイルスにうまく結合できず、発症を完全に防ぎきれないことがあるのです。次に、ワクチンを接種しても、体内で作られる抗体の量(抗体価)には個人差がある、という点も重要です。一般的に、高齢者や免疫機能が低下している人は、若くて健康な成人に比べて、抗体が十分に作られにくい傾向があります。また、接種してから時間が経つにつれて、抗体の量は徐々に減少していきます。ワクチンの効果が一般的に5ヶ月程度とされるのはこのためです。流行の後半に感染した場合、抗体価が低下していて、発症を抑えきれないということも起こり得ます。しかし、ここで最も強調したいのは、たとえブレークスルー感染が起きたとしても、予防接種は決して無駄にはならない、ということです。たとえウイルスの型が完全に一致しなくても、ある程度の交差免疫が働くため、体内の免疫システムは、非接種者に比べてはるかに効率的にウイルスと戦うことができます。その結果、前述の通り、症状が軽く済んだり、肺炎などの重篤な合併症を防いだりする「重症化予防効果」は、十分に期待できるのです。「かかったから無駄だった」と考えるのではなく、「接種していたから、この程度の軽い症状で済んだ」と捉えること。この視点の転換が、インフルエンザという病気と賢く付き合っていく上で、何よりも大切なことと言えるでしょう。