「予防接種のおかげで、インフルエンザにかかったけど、熱も大して出ずに症状は軽かった。これなら、他の人にうつす心配も少ないだろう」。このように考える人がいるかもしれませんが、それは大きな誤解です。結論から言うと、たとえワクチン接種によって症状が軽く抑えられていたとしても、インフルエンザに感染している限り、体内で増殖したウイルスを体外に排出しており、周囲の人々への感染源となる可能性は十分にあります。症状の軽さと、他者への感染力は、必ずしも比例しないという事実を、私たちは正しく理解しておく必要があります。インフルエンザウイルスは、主に感染者の咳やくしゃみ、会話などで飛び散る飛沫(ひまつ)に含まれて排出されます。予防接種を受けている人の体では、免疫システムが活発に働き、ウイルスの増殖をある程度は抑制します。そのため、非接種者に比べると、体外へ排出されるウイルスの量は少なくなる傾向がある、という研究報告もあります。しかし、ウイルス量がゼロになるわけでは決してありません。症状が軽いということは、高熱や倦怠感で寝込んでしまうことがなく、普段通りに活動できてしまうことを意味します。これが、感染拡大の観点からは、かえって厄介な問題となるのです。症状が重ければ、本人は外出を控え、自宅で療養するため、結果的に他者との接触機会は限られます。しかし、症状が軽いと、本人はインフルエンザだと気づかずに、あるいは「この程度なら大丈夫だろう」と考え、通勤、通学、買い物など、普段通りの社会生活を続けてしまいがちです。その結果、無意識のうちにウイルスを広範囲にまき散らし、「サイレント・スプレッダー(静かなる感染拡大者)」として、多くの人に感染を広げてしまう危険性があるのです。学校保健安全法では、インフルエンザは「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては3日)を経過するまで」を、出席停止期間と定めています。この基準は、症状の軽重にかかわらず、全てのインフルエンザ患者に適用されます。たとえ症状が軽く、元気になったように感じても、この期間は自宅で安静にし、他者との接触を避けることが、社会の一員としての重要な責任です。予防接種は、自分を守る強力な盾であると同時に、その効果を過信せず、周囲への配慮を忘れないという姿勢が求められます。