「救急指定病院の看板を掲げるということは、地域の人々の命を24時間背負うという宣誓でもあります」。そう語るのは、長年救命救急センターで陣頭指揮を執ってきたB医師です。彼へのインタビューを通じて見えてきたのは、外からは見えにくい救急指定病院の過酷な現実と、そこで働く医療従事者たちの葛藤でした。救急指定病院には、救急車を断らないという「応招義務」がありますが、実際にはベッドが満床であったり、専門医が他の緊急手術に入っていたりと、物理的に受け入れが困難な状況が頻繁に発生します。B医師は、「断らざるを得ない時の苦渋の決断が、一番精神を削り取ります」と吐露します。救急指定病院の指定基準を満たすために、病院側は多額の設備投資を行い、夜間手当を払ってスタッフを確保していますが、救急外来の運営そのものは多くの場合、赤字経営を余儀なくされています。救急医療は、いつ誰が来るか予測できないため、効率化が非常に難しく、常に過剰な待機コストが発生するからです。それでも救急指定を維持するのは、それが病院の社会的使命であり、地域の医療の質を担保する誇りがあるからだと言います。インタビューの中で特に印象的だったのは、トリアージに関する葛藤でした。救急指定病院では、常に優先順位をつけなければなりません。目の前の軽症患者から「早く診てくれ」と怒鳴られながら、裏の処置室で物音ひとつ立てずに消えようとしている命を救うために走り回る。その理不尽なまでのギャップに、若手医師が燃え尽きてしまうことも少なくないそうです。また、近年増加している孤独死寸前の高齢者や、福祉的なケアが必要な搬送など、本来の救急医療の枠を超えた社会的課題の押し付け先になっている現状も指摘されました。救急指定病院とは、社会の矛盾が凝縮されて現れる場所でもあります。B医師は最後にこう締めくくりました。「私たちはヒーローではありません。ただ、システムが回るように必死で歯車を回し続けている人間です。市民の皆さんには、救急指定病院が明日も同じように開いているために、自分たちに何ができるかを少しだけ考えてほしい」。救急指定病院の存続は、単に法律の問題ではなく、社会全体が医療従事者の善意にどれだけ甘え続けるのか、という倫理的な問いを突きつけています。B医師の言葉は、重く、深く、私たちの胸に刺さります。